飾らないワタシの地味日記

道端に捨てられた詩を拾います。(20)

「美しい水死人」ガルシア=マルケス

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風がうねりをあげているあいだは、男を追いかけてきた過去が遠くから運ばれてきて、女たちの与えた名前や彼に関する妄想に蝕まれないでいられる。しかし、風がやんでしまえば、男は過去から断絶され「エステバン」としてそこに横たわるしかない。「エステバン」という名前と溺死体が恣意的に結合されて、そこからあらゆる妄想や幻想がリアリティをもった虚構として男の周りで網の目状に拡大してゆく。死んでしまった男の顔は威厳に溢れとても美しいが、それは生前の男の生き様がそこに残っているというよりは、死を契機としてその後も「成長し続け」た結果として獲得した美しさのように感じられる。都合の悪い過去や男自身の自我は切り離されて、都合のいい妄想や幻想が男の周りをぐるぐると取り巻いて、「最も美しい溺死体」が完成するのである。真の美しさは生きているものには宿らないのかもしれない。その後男は、虚構の親戚をこさえて、その土地の人々が最も立派であるとされるやり方で葬られてしまう。

この前仲の良かった友達の葬儀に参列した時、その死体を目の前にして「きれいだね」と呟いている人がいて、それがとても嫌いだった。生前のその子なら絶対しないような真っ赤な紅を引かれて、スポーツを頑張ってこんがり焼けた肌は白粉で隠されてしまっていた。彼女には彼女の過去があり、自我があったのに、死んでしまうとこうやってされるがままになってしまう。だれにもまなざされないまま、土にかえりたいという願いはきっと叶うことはなく、だからなるべく生きるよ。

 

知らない言葉で讃えれる美しさ、断絶された弔い、男が愛した神の膝下へ彼の魂が帰れますように。