飾らないワタシの地味日記

道端に捨てられた詩を拾います。(20)

ねむい

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人を愛したり、愛さなかったりして、僕はいくつもの季節をゴミ箱に放り投げた。ゴミ箱からは、くしゃくしゃに丸められた桜の呻き声が聞こえる。海水の腐った臭いがする。萎びれた皮カバンのような色になった雪が、溶けることもできずに春を待っている。僕は今ここで息をしている僕個人の身体に対して具体的な意思を何一つ持ち合わすことができずにいる。毎朝起き上がることはできる。ホットケーキを焼いてマキネッタでコーヒーを淹れて、そうしてそれらを胃に流し込んで生きていくことができる。ひどい味だ、ビニールみたいに無機質だ。それでもそれを無理やり流し込む。電車にだって乗る。つまらない講義だってしっかり鉛筆を握って聞いている。長いあいだ眠っていると、そうしたことができてしまう。ただ流されていくように、大きな波に運ばれていく空き瓶のように僕はただただ息を吸って吐くだけを繰り返して繰り返してそこで眠っていた。

 


その春、僕は大学で一人の物静かな青年になっていた。ノートを貸してくれと言われれば貸したし、ご飯に行こうと言われれば行った。京都まで車を運転したこともあった、あれは本当にひどい旅だった。寝息の聞こえる車内から見る真っ暗な海ほど、人を孤独にするものはない。僕だけ置いてけぼりにされているように感じた。海の底にも沈めず、豊かに眠ることもできない。僕が沈んでいるのは海ではない、立っているのは母なる大地ではない。朝が来ることのない、朝日が二度とさすことのないそういう場所で僕は眠っている。